序、いいわけ

 アウロラ=ディオーリエスタスといえば、知らぬ者はない中世ウルズの女傑であるが、その足跡を伝えるものは意外にも少ないようである。

 

 とある研究所を訪ねた折、思わずいやになりはしませんかと訊いたことがあったが、このくらいのほうが追っかけがい(・・・・・・)もありますとのことであった、なるほど道理である。

 

 こんな話がある。

 

 ただ一度、自ら整えた息子の後宮に出向き、ずらと並んだ花々を一瞥するや

 

「笑止」

 

 と放って踵を返したという。このとき、三十四、五であった。

 

 これを聞くと、多くは男女の別なく惚れる。筆者もそのひとりである。そうして研究を志すがなかなか難しい。

 

『先王の末子として生まれ、十二で国を失い十六で決起、翌年取り戻す。同年即位、数々の改革を行うなかで夫君を得、二男一女を儲け栄華をきわめるも、四十を迎えず譲位、しばらくのち崩御。生涯美貌を誇る』

 

 正史の記述はこの程度である。

 

 偉業のわりに地味な扱いである。編纂の時期がだいぶ遅かったというので、これが限界であったか、とすれば、現在に残るのはほとんど伝説のたぐいであろう。

 

 なかなか素顔を見せない永遠の美女、これほど惹かれるものはない。

 

 けれどもいったい、どれだけの女人であったか、これはやはり気になるところである。

 

 イージアス=アゼントという男がいた。女王の精神の夫であり、ともに国を建てなおした英雄であるというのは読者諸氏の知るところであろうが、ことばや美術においても才を発揮したという話は、さて、ご存知か。いや、筆者は知らなかった、なにぶん、作が失われて久しいのである。

 

 最後に確認されたのは十九世紀、そのころの学者によれば繊細で緻密な描写は驚くべきもので、殊に肖像画は圧巻、むろんそのなかに、かの女王もおわすのであるが、さて肝心のご尊顔はというと、すらとした卵型の輪郭にスッと通る鼻筋はなるほど綺麗だが、はたして絶賛するほどのものかといえば疑問が残る、しかしつくりそのものよりむしろツンと気高い空気がすばらしいので、画家もそれを愛したのであろうという。

 

 まあそんなものであったろうけれども、もはやたしかめるすべもないので各々の想像に任せるがよかろう。畢竟(ひっきょう)、そこに彼女の魅力があるのだ。

 

 そういうわけであるから、聡明な読者諸氏には、本書は壮大なまぼろしの一端に過ぎぬということをまず理解していただきたい。学術的な好奇心から本書を手に取られた読者にはなるほど申し訳ない、しかし歴史の真実というものは、そうやすやすと、ましてや一個人の手で暴けるものではないのである。であるならば、開きなおってエンタテインメントにしてしまうより外あるまい。

 

 本書は、アウロラ女王とその周辺の人々に焦がれた筆者の、取材と乏しい想像力を駆使した創作である。

 

 なお、作中の暦については基本的に当時記録されたもの、すなわちユリウス暦を採用している。よって現在のグレゴリオ暦に換算するとけっこうな誤差があるらしいのだが、筆者の数学力はその計算を投げ出したということをここで断っておこうと思う。なにとぞ、ご容赦願いたい。