七、ドレスと男気(2)

 翌日、使者の火葬は滞りなく行われた。もう何度同じ光景を見たかわからない。できれば、これが最後であってほしいと願う。ゆらめく炎の先に、同郷の者たちを慰めながら祈るベルナールの姿が見えた。まだ骨折した右腕を吊っているエヴェルイートは、左手だけで祈りを捧げた。


 それから、ウルズ王国側と、ヴェクセン帝国側の言い分をぶつけ合うための場が設けられた。

 

 ヴェクセン帝国を代表するベルナールは、この事態の原因についていまここで言及するつもりはないとし、ウルズ王国を代表するアレクシス王子は真摯にそれを受け止めた。ただ帰国の日まで負傷者の世話を引き続き頼みたいとだけ言うベルナールの態度は、柔和に見えて強固だった。結局は「ここで弁解を聞くつもりはない。いいから国王に会わせろ」ということである。実際のところウルズ王国側も自国の状況を把握しきれておらず、そうせざるを得なかった。


 王都へ早馬を出し、その返事が来るまでに五日。さらにそこから四日を経て、王都からの迎えはやってきた。いや、迎えなどというおだやかなものではない。軍隊である。軍隊が、カルタレスを包囲した。


「これはこれは……手厚い歓迎、痛み入る」
 とベルナールは皮肉な笑みを浮かべ、
「どういうことだ!?」
 とアレクシス王子が自国の軍に詰め寄る。

 

 それに対して満足のゆく返答はなく、事務的に王都からの下知(げち)だけが伝えられた。

 

 曰く、アレクシス王子は麾下(きか)の者をすべて伴ってただちに帰城すること、それと同時にベルナールらヴェクセン帝国使節団を王宮に受け入れる用意があること、そして、カルタレスは一時王の預かりとし、領主ヴェンデル以下すべての者に追って沙汰を下すとのこと。


「完全に謀反人(むほんにん)扱いか」


 とは口に出さなかったが、エヴェルイートも父ヴェンデルも、唇を噛んだ。


 しかし、どうにもおかしいような気がする。父が語ったことが真実であるとすれば、なぜ国王はこんなことをするのか。それに、少なくともエヴェルイートが生まれてからは、王家とブロウト家の関係はずっと良好だったはずである。イージアスという危うい存在が間にあったとしても、だ。いや、むしろイージアスがいたからこそ、彼を両家で協力して管理するためにもアウロラ王女とエヴェルイートの縁談が持ち上がったのではないだろうか。だったら、なぜ。


 エヴェルイートは考えた。いなかったか、ブロウト家が消えて喜ぶ者が。王宮で過ごした幼少のころ、明らかな敵意を向けてきた者が、いなかったか。だが彼が――その出自の曖昧さゆえに軽んじられていたあの第一王子が、急にこんな力を持つことなどあり得るのだろうか。


 なにが起きているのだ、王都で。……イージアスは、なにに巻き込まれているのだ。


 たしかめねばならなかった。しかし、それは許されなかった。王都から来た兵たちは完全にカルタレス城を封鎖し、外部との接触を絶った。さらに、父やアレクシス王子との会話すら阻まれた。なにもできぬまま、アレクシス王子とベルナールは兵の半数とともに王都へと発った。このままでは、潰される。まだなにも知らないのに。


 行かねば。王都へ。


 エヴェルイートは決意した。ほとんどずっと監視の目が光ってはいるが、監禁されているわけではない。彼らは「エヴェルイートと認識できる」ものを、目で追っているに過ぎないのだ。ならば、姿を変えてしまえばよい。エヴェルイートには、それができる。


 アレクシス王子らが去った日の夜半、護身用の短剣と、母の形見である櫛だけを持ってエヴェルイートは堂々と自室を出た。すかさず


「どちらへ」
 と問いかけてくる監視の兵に

夜這(よば)いだ」
 と短く告げる。

 

 やや狼狽した様子の兵士を見て「なんだ、存外、初心(うぶ)だな」と思いつつ、ならばもっと言ってやろうと悪戯心が働いた。


「アレクシス殿下がおられたのでずっと我慢していたが、もう限界だ。まったく、猫を被るのもらくではないな。邪魔してくれるなよ。……そなたが相手をしてくれるというのなら話は別だがな」


 よくもまあこんなことが言えたものだ、と内心苦笑する。兵士は青ざめながら一歩後ずさったが、エヴェルイートが歩き出すと一定の間隔を保ってついてきた。好都合だ、この男は使える。


 エヴェルイートはときおりうしろを確認しながら、使用人たちの宿舎へ向かった。迷わずその一角にある部屋のまえに立つと、ノックもせずに扉を開けた。


「ウリシェ」


 と部屋の主に呼びかける。突然押しかけられたウリシェは、包帯を巻いた顔をなにごとかというようにしかめたが、すぐに事態を察したらしくいつもの冷静な表情を取り戻した。


「エヴェルイートさま」
「ウリシェ、もう何日もおまえに触れていない。苦しいのだ、助けてくれ」


 あえて扉は開けたままで、渾身の演技を続ける。


「まあ、エヴェルイートさま。ひどいお方。まるであなただけが苦しい思いをなさっているようにおっしゃるのですね」


 さすがは、ウリシェだ。まったくの無表情で、即座にそんな台詞を言ってのける。思わず噴き出しそうになってしまった。


「ウリシェ……」
「エヴェルイートさま」


 まあ、これくらいでよいだろう。あの初心な兵士ならば、これ以上聞き耳を立てるようなこともするまい。エヴェルイートはうしろ手に扉を閉めた。


「……嬌声(きょうせい)でもあげたほうがよろしいですか?」
「馬鹿」


 今度こそ本当に噴き出した。笑った勢いのまま、思いきって告げる。


「ウリシェ、頼みがある」
「まあそんなことだろうとは思いましたが。なんです?」
「わたしを女にしてくれ」


 ウリシェは一瞬固まってから、真顔で答えた。


「残念ながらわたくし、抱かれたことは数あれど、抱いたことはございませんでして」
「違う、ちがう。すこしの間、服を貸してくれればそれでいい。ああ、できれば化粧もお願いしたい」
「……いったい、どういう風の吹き回しです? あなた、いままでそんなこと一度も」
「王都へ行きたい。だから、いまだけ女になる。妙案だろう?」


 そう言うと、ウリシェは少し、本当にほんのすこしだけ悲しそうに目を伏せて、頷いた。


「……あなた本当に、どうしようもないひとですね」